【注意】新企画との調整のため、本コースのお申込みを一時停止しております。


日本の歴史や社会が大きく動いた明治時代。その時代の流れに身を投じたい、未来を切りひらいていきたいと星雲の志を抱いた若者達が情熱の赴くままに勉学に励んでいました。
明治を代表するジャーナリストで正岡子規を見いだした陸羯南、孫文の中国革命を支援した山田良政・純三郎兄弟、内村鑑三と並ぶ明治日本キリスト教のリーダーである本多庸一などの生家、そして、前川圀男が日本で最初に建てられたコルビジェ風の鉄筋コンクリートの建物(現・弘前こぎん研究所)。これらは、みな同じ町にあります。
ガイドが用意する古地図をもとに、町の不思議なエネルギーを感じながら歩いてみませんか。


コースに含まれないスポットにも寄り道できます。街中コンシェルジュがみなさまの「知りたい弘前」のご希望にお応えします。
集合場所:
弘前市立観光館
開催日 年末年始を除く毎週火・金・土曜日
(毎回1~5名まで)
時間 13:30~15:30
料金 1,000 円
お申し込み 実施日の1週間前まで
  • ※それぞれのコースの開催日時・内容のご相談は2週間前まで承ります。
  • ※天候などにより変更・中止になる場合がございますので、ご了承ください。
お申し込みはこちら

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旧弘前市立図書館

1. 旧弘前市立図書館

明治39年(1906年)に建築された旧弘前市立図書館。ルネッサンス様式を基調とした3階建ての木造洋風建築物は、各階の軒先蛇腹や八角形の双塔を左右に配して柱型を強調するなど、高い洋風技法を施している。これは、後世に残る作品を作るという棟梁・堀江佐吉の強い意志だったそう。

旧東奥義塾外人教師館

2. 旧東奥義塾外人教師館

東奥義塾は県内で最初に開校した私学校。創立者の菊池九郎(初代市長)は新しい時代にふさわしい人材を育てようと、英語教育に力を入れ、米国人教師を何人も雇い授業は英語で行った。この教師館は米国人教師の家族が住んでいた家。世界に向けられた熱き情熱は、後に弘前や日本、世界を動かす人材を数多く育成した。

ミニチュア建造物

3. ミニチュア建造物

明治から大正期の弘前市を代表した建築物の約10分の1のミニチュア模型が展示されている。14棟の建物のうち、ほとんどは弘前に洋風建築を取り入れた・堀江佐吉や弟子が建てた。堀江佐吉は、独学で函館の教会の建築を学び、弘前を洋風な建物のあるハイカラな街・進歩的な街にした第一人者。


御菓子司 大阪屋

4. 御菓子司 大阪屋

寛永7年(1630年)創業の弘前一の老舗の和菓子舗。祖先は豊臣家の家臣で弘前藩の御用菓子司として代々受け継がれ、現在は13代目。安永2年(1773年)に創製した銘菓「竹流し」は、原料のそば粉の香ばしさが時代を超越した美味しさを伝える。伝統の技は、暖簾分けすることなく、一店舗主義を貫いて守り受け継がれている。

5. 在府町 (ざいふちょう)

在府とは、大名やその家臣が江戸で在勤すること。藩政時代初期には「足軽町」と呼ばれていたが、やがて江戸で召し抱えた侍をこの地に住まわせたことから、在府町という名前になった。多くの偉人が生まれ育った町。

山田良政 純三郎兄弟 山田良政 純三郎兄弟

近代中国の父・孫文の辛亥革命に尽力した弘前出身の兄弟。兄・良政は革命中に亡くなるが、弟・純三郎は革命中から第二次世界大戦後まで、日本と中国の架け橋として活躍した。
貞昌寺(弘前市新寺町)には孫文が寄贈した山田良政の碑と、蒋介石が寄贈した山田純三郎の碑が隣り合って立っている。

弘前こぎん研究所

6. 弘前こぎん研究所

弘前出身の木村静幽が地場産業の発展を願って設立した「木村産業研究所」。現在は津軽地方の代表的な民芸品「こぎん刺し」の生産・普及・販売の拠点になっている。静幽の遺志は孫の木村隆三に託され研究所は建設されたが、研究所は隆三の知人であった前川國男の、日本での最初の建物としても有名。 
 

藤田記念庭園

7. 藤田記念庭園

弘前市出身で日本商工会議所初代会頭の藤田謙一の別邸で、大正10年(1921年)に完成した。広大な敷地の高台は岩木山を眺望できる借景式庭園、低地は花菖蒲が美しい池泉廻遊式庭園。木立の中にたたずむ洋館の管内には、大正当時を偲ばせるステンドグラス、当時のままの窓ガラス等が多く残っている。

本田庸一 本田庸一

明治期の日本キリスト教主義教育の先駆者。東奥義塾の塾長となり、ジョン・イング宣教師と共に弘前の学生の教育に力を入れた。自由民権運動にも関わり、政治の道と聖職者の道を悩んだ結果、聖職者として日本中の普及活動に尽力し、青山学院大学の校長も勤めた。

陸羯南 陸羯南

日本のジャーナリストとして草分け的な人物であり、日本の国民主義の政治評論家。新聞「日本」の社長でもあった。正岡子規を育てたことでも有名。「名山出名士」は弘前人の魂。

ガイドツアーのお申し込みについて


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ガイドツアー集合場所までのアクセスについて

各ガイドツアーによって集合場所が異なります。
各集合場所へは弘南バスの「土手町循環バス(100円)」が便利ですので、
ぜひご利用ください。